• 日本各地の桜だより
  • 特集2012
  • アレンジレシピ
  • 紹介!桜の品種
  • 桜コラム
  • プレゼントキャンペーン

桜だより2012 > 特集2012 > ショートストーリー

ショートストーリー 桜のある風景

花嫁の夜 花嫁となり家を出ることになった主人公。実家に彼を連れて来たとき、父親は・・・。
 彼からプロポーズされたのは冬のはじめだった。その冬の終わり、春の気配が漂いはじめたある日、彼が私の実家に来ることになった。

 あらかじめ父にその話をした時、父は普段とまるで変わりなく焼酎のお湯割りなんか飲みながら「お前みたいな女をもらってくれる人がいて全く助かったもんだな。」と言った。まあ、そう言われてもしかたない程私は若気のいたりの数々を踏み、その都度父と反目して「ろくでなし」の刻印を押され、その戦線の延長が今日にあるには相違ないのだがそれも今夜まで。「花嫁とその父」になるんだから、ここで一気に和解できる、大人同士の関係になれる筈だと期待していたところもあったので、もう少し何とか言っても良いんじゃないの?と私は少々ふてくされた。


 彼を連れていったときも父はいつもと変わらないように新聞を読むふりをしていた。「お父さん。」と声をかけても聞こえないふりをしている。もしかしたら、「ニ回呼ばれてから振り向こう。」などと前の晩から考えていたのではないだろうか。

 父は戦後一桁生まれのたたき上げだから、「やあ、よく来たね。」などと出来の悪い娘の恋人に微笑みかけられるほど器用ではない。だからこそ、「花嫁の父」になる今夜は父にとっても人生に1度の大舞台のような気がしてる筈だろう、と思えば、「親父、いつもはうるさい癖に可愛いところもあるじゃない。」してやったり、というような気になって、私はほくそ笑んだ。

 ニ度目に呼ばれて、「ああ」と神妙に振り返った後も、父の動作はどことなく芝居がかってぎこちなかった。見かねた母が一同にビールを薦め、彼も父もそれぞれにぐいぐい飲み、彼がやっと結婚のことを切り出す頃には、父は真っ赤になって酔っ払っていた。そうして、「おい、母さん、ウイスキーを出しなさい。例の一番高いやつ、出しなさい。」と言った。

 自ら「戦後闇市派の性分だ」というように父は食べ物・飲み物にケチなところがあり、高いお酒を人から頂くと「これは、とっておきの時に飲むんだ。」とサイドボードに飾っている。それに、その頃はまだ現在のように高級ウイスキーの安売りなんかなかったからどこの家でもそんなものだったのかもしれないが、父は例え大切なお客さんが来ても1度飾ったが最後、決してそれに手をつけようとせず「全く何のためのお酒かわかりゃしないよ。」と母はしょっちゅう文句を言っていた。

 そのとっておきの瓶のひとつの封がその夜はじめて切られ、トクトクトク・・・とウィスキー特有の何とも言えない豊かな音がしてグラスに注がれた。そして、ゆっくりと揺れている金色の液体を口に運んで父は言った。

「君ね、きっと後悔するよ。この娘は本当にろくでもない奴なんだから。」

 その言葉に私はカチンときて父を睨んだ。何もこれから結婚しようとしている娘の相手の前で、「花嫁の父」がそんなこと言い出さなくても良いではないか。

 「もらって頂けると聞いて、こちらとしては本当に助かったって気分だね。だから、君の気の変わらないうちに早く連れて行って欲しいね。後で騙されたとか、やっぱり間違えましたとか言われても、こっちも困るからね。」

 父は更に饒舌に私への攻撃を並べ立ててやめない。彼は苦笑いしながら相槌を打っている。親父め、私との今までの反目の歴史にこんな形で一気に片をつけるつもりだな・・・。何て嫌らしいやり方だ。後でどう言って仕返ししてやろうか・・・と私がキリキリしてきた時だった。父は突然、私の悪口をふとつぐみ、真っ赤な顔をガバリと下げて

 「ということで、よろしく!」と、大声で怒鳴った。

 父は酔っていた。

 振り下げた頭が、ゴンとテーブルにぶつかって、その薄くなった頭の先が彼と私に向けられた。それを見たら胸の中に何だかたまらない感情が堰をきったようにあふれてきて、私はグラスのウイスキーぐっと飲んだ。舌に、子供の頃の苦い薬の味がした。

 「お母さん、今日のウィスキー、薬の味がしたよ。」
 その後、彼が帰り、酔いつぶれた父がテーブルに突っ伏したままいびきをかいて寝てしまってから二人きりの台所で言ってみたら、
 「花の匂いのせいじゃないの?春先の庭の花ってちょっと薬みたいな匂いするから。」グラスを洗いながら母は答えた。え?と思って見なおすと、テレビの上にも電話の傍にも小さなお花が生けられていた。私は言われるまでそれに気づかなかったのだ。

 「婿さんが来るんだから花でも飾れってお父さんに言われて庭から切ってきたのよ。ゆうこは毎日自分のことばっかりバタバタしてるから、庭にサクラの花が咲いたことなんか忘れてたでしょ。」と母は言い、それから「今日はみんな何だか緊張してて・・・お母さんおかしくてたまらなかったわ。」と笑った。母の声は、どこかいたずらを見つけた少女のように嬉しそうだった。


 父と母が作った家庭に生まれた娘。生まれたことを喜ばれ、大切にされていたのに気づかずに一人で大人になったような生意気さで青臭い無茶を言い、食ってかかる不良娘。そんな娘がこの家を離れ、これから自分の家庭を作ろうとする夜、父はとっておきのウィスキーに、母は庭のサクラに大切な家族の思い出を託してくれたということか。テーブルにつっぷして眠る父とその傍らのサクラの花をつくづく眺め、私は心底、この人たちにはかなわないな・・・とはじめて素直に思ったら目頭がじわじわ熱くなった。

-PR-

 

花贈りガイド

フラワーギフトの上手な贈り方とマナー「花贈りガイド」

HIBIYAKADAN-TIMES

日比谷花壇の今をご紹介!「HIBIYA-KADAN TIMES」

育てよう!みどりの広場 お手入れのしおり

育てよう!みどりの広場 お手入れのしおり

緑とともに生きる

花と緑を通じた企業のCSR活動をサポート

pagetop