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桜だより2012 > 特集2012 > ショートストーリー

ショートストーリー 桜のある風景

イニシャルT
  突如、家を売ると言い出した母。謎の男からの電話と八重桜に刻まれた意味深な字。母の行動に戸惑う主人公は…!
 母から「家を売りたい」という電話があったのは、父が亡くなって2年経った頃だった。私は父母と三人の家族だったが、もう10年以上前に郊外のS市に嫁ぎ、実家は父と母の二人暮らしだった。父が亡くなった後、私の夫も義理の両親も「母を引き取ったらどうだ。」と薦めてくれたが、「今まで夫婦二人好き勝手にやってきたものを、今さら他の人と一緒に住むのは気を使って辛いから。」と母は一人での生活を選んだのだ。

 母は未だ六十になったばかりで病気もない。私もそれ以上、母の生活に口をはさむことはしなかった。実際、一人になった母はそれから少しずつ快活になり、趣味だった料理に熱中して随分若々しく綺麗になってゆくように見えた。

 そんな折りの、家の話である。

 「一体、どうしたのよ。お母さん。家を売ってどうするの?」
 「昔の友達がN町でパン屋さんをやっててね、一緒にやらないかって誘われたのよ。母さんやってみたいなと思って。だから、そっちに小さなマンション買いたいの。」
 「N町!?そんな遠くに行っちゃったら何かあったときに困るよ。」
 「遠いっていったって、車で2時間くらいのところだもの。今と変わらないわよ。」

 母の気持は既に固まっているらしかった。私としたところで、今さら財産がどうのと言うつもりは毛頭ないし、母が元気で好きなように暮らしてくれればそれに越したことはない。ただ、ひとつだけ気がかりなことがあった。


 ある日、「ちょっと買い物に。」と母が出かけてしまった実家で留守番をしている時、一本の電話があった。「はい、富田ですが・・・。」と言うと、「あ、富田さん?どうも塚本です。」と、返してきたのは知らない男性の声だった。「母は、妙子は今留守にしていますが・・・。」と答えた私の言葉に、驚いたように「え、お嬢さん?!声が似ていたもんで、すみません、またかけます。」と、男は慌てて電話を切ってしまった。帰ってきた母にそのことを告げると「あら、誰かしら?」などと受け流していたけれど、もしかして母には好きな人ができたのではないのだろうか。

 勿論、それならそれで母の恋愛をとがめる気持はない・・・と頭ではわかっているものの、どこか釈然としない気持がどうしても残る。父が亡くなっても、母はやはり父の奥さんでいて欲しい。そんな思いは理不尽だ。でも、そうでないと、自分の家族の思い出が崩されて行くような気がして寂しいのだった。


 結局、家は売りに出すことになった。家の売却については私の夫が、引越しなどの段取りについては私が手伝うことになり、特に問題もなく話は進んだが、ただひとつ「桜の樹を持っていきたい」という母の希望が業者と私を悩ませた。大概のことは「良いようにしてちょうだい。」と云う母がこれだけは譲らない。引越し先には、もう植える場所も用意していると言って頑として聞かないいので、結局かなりの出費を覚悟で造園業者に移植してもらうことになった。

 それは、玄関脇に植えられた八重桜。多分、私が生まれる前からあったのだと思う。土地が狭いせいだろうか、それ程大きくならず背丈は3メートル程だったが毎年ふさふさとした濃い桃色の花を咲かせた。

 「この樹がどうしてそんなに大事なんだろう・・・。」

 移植作業の前日、私はしげしげと樹を観察し、その樹皮に何か書かれてあるのを見つけた。傷のような、いや、でも違う、誰かが何か刻んだ痕だ。何度もなぞった跡がある。それは「T」と読めた。T?私は咄嗟に、いつかのあの電話を思い出した。確か、男は塚本と言った・・・。T、ツカモト?・・・これは、母が刻んだのだろうか?

 「千佳子、何してるの?」その時、茫然としている私の背後から母が覗きこんできた。そして、私がTの文字らしき跡を見ていることに気づくとと母は「やだ、見つかった。」と言って笑った。

 「あのね、この樹はお父さんとお母さんが結婚したとき記念に頂いたものなのよ。その時、二人で彫ったの。お父さんが富田竜彦、お母さんが富田妙子、二人ともT・Tでしょ。それからあなたが生まれて、あなたが千佳子でTがまた、増えた。だからTの家族だって、その時も二人でなぞって彫ったわ。父さんが単身赴任してた時もときどき上からなぞっていたし、あんたがお嫁にいった時も父さんと二人でなぞった。父さんと母さんの秘密の宝物なのよ。でも、これからはお母さん、一人であと何年も生きるからね。遅ればせながらの再出発。だから、この桜だけは新しい土地に持って行きたかったの。お母さんの大事な家族のお守りだから。」

 「お母さん・・・。」私は母の顔を見た。母の表情には優しさと意志の強さが見えた。母は私たち家族を大事に思っている。家族は母にとって唯一無二の宝物だったのだ。だからこそ、一人になった今、寂しさに負けないように頑張ってるのに、私はくだらないことを邪推してしまった。お母さん、ごめんなさい。「一人で生きるなんて言わないで。お母さん。私がいるから。頼りにして・・・。」私はそう叫んで母に抱きつきたかったけれど、言葉は喉に詰まってしまい、ただポロポロと涙がこぼれるばかりだった。

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