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桜だより2012 > 特集2012 > ショートストーリー

ショートストーリー 桜のある風景

花幽霊
 毎週ごとに飾られる花。周囲からのお礼に複雑な心境の主人公。正体不明の花の運び屋の行動に疑問を抱きつつも…!
 それから、花はほぼ1週間ごとにその窓辺に表れるようになった。

「綺麗ですね。」「いつも有難うございます。」

 花が置かれている日、皆が私にそんな風に声をかけて行く。最初の桜の一件以来、すっかりこの花の運び屋は、私だということになってしまっていた。

 確かに、花は良い。一枝の花があるだけで、殺風景なオフィスがこんなに明るく穏やかになるのかと驚かされる。だから、このこと自体悪いことではないのだが、回数を重ねるにつれ、私は少々気味が悪くなってきた。

 誰なんだ?


 本当の運び屋は誰か、私はそれを知りたいと思い始めた。朝一番、誰もいないオフィスで、今朝新たに置かれていた花に近づいてみる。花の生けられた花瓶は飾り気のない筒状のガラス器で、これは事務所の備品だ。見ると、ガラスにいくつか水滴がついている。ということは、この花はやはり今朝、生けられた様子だ。

 やはり、妙ではないか。
 今朝、このオフィスの鍵を開けたのは私だ。ここに来る途中、廊下でもエレベーターでも誰にもすれ違わなかった。ここは自社ビルといっても、さして大きくない。1フロアに20~30人の2つ3つのセクションが入っている程度の広さで、それぞれの部屋の入り口には鍵がかかっていて、メンバーでなければ開けることはできない。ということは、私より早く来た誰かが鍵を開けて入り、花を活け、再び出ていった――というのだろうか?


 私のセクションは管理部でメンバーは15人。私より幾らか若い部長を筆頭に、男性社員が私を入れて6人、後の9人は女性である。先ず、男性陣は対象外だろう。彼らの話題と言えば、釣りかゴルフか野球か、いずれにしても花とは縁遠いような連中だ。女の子はどうか?最初の桜の事件の朝、ワイワイ騒いでいた連中は外しても良いか・・・。アルバイトの3人は10時出社だから、余程のことがない限りそんな早朝に会社に来たりはしまい。残るは鬼塚女史と、入社2年目の羽生君だ。羽生君か・・・そういえばあの子は大人しいし、少しばかり女性らしいところもある。人知れずオフィスに花を運んでくるなんていう仕草も、似合わなくもない。

 でも、なぜ彼はこんなことをしているんだろう?オフィスに花を活けたいというだけなら、何もこんなに手の込んだことをする必要もない筈だ。誰かの机の上に活けているというのなら、古風な恋のメッセージかとも思われるが、窓辺に置いたのではそんな思いも伝わるまい。そう考えながら、私の胸にふと去来するものがあった。

 ――そういえば、ずっと以前にもこんなことがあったな。――

 あれは、私がまだ三十代半ばの頃だ。私は、営業部の課長だった。業績は右肩上がりで、営業部は花形だった。どうやって大きな案件を獲得していくか、私たちは毎日の生活の全てをそのことにかけていた。忙しかったけれど、充実していた。

 あの頃、私の机の上に毎週1度、小さな花瓶が置かれていた時期があった。前夜の接待で二日酔いの頭を抱えて出社すると、小さな花が一輪、机の上で私の方を見ている。それはバラであったり、ガーベラであったり、様々だったけれど、いつもとてもみずみずしくて、私は何かほっと癒されている気がしたものだ。その花の贈り主も誰なのかわからなかった。面白がってあれこれ詮索する輩もいたけれど、私は本人が名乗りたくないのならそれで良いと思っていた。だから、同僚から

 「それ、黒木さんだっていう噂だぜ。もてる男は辛いねえ。」などとやっかみ半分にからかわれた時も
 「別に関係ないさ。」と、つっけんどんに答えていた。
 「ちょっとは気にしてやったら良いじゃないか。」
 「俺は会社でそんなこと考えるつもりはないね。面倒くさいだけだよ。だいたい、誰だか知らないけど、こういう手の込んだやり方はどうも気味が悪くて嫌だな。」

 私たちのこんなやりとりを、誰かがどうにか伝えたのか、それとも花の件とは無関係なのか、そこのところはわからないが、しばらくしてその黒木という女子社員は退職した。それから、私の机に花が置かれることはなくなったのだから、多分あの花は噂通り彼女の好意だったのだろう。お礼の一言くらい言えば良かったと思えるのは、私がこの年齢に達したからであって、当時は正直言って何も考えているような余裕はなかった。

 そうやって何年かがむしゃらに営業し自他共に納得する結果を上げてきたが、ある日突然、部下の不正が発覚し、私は要職をはずれ管理部に移ることになった。それでも私がこの会社に止まってきたのは、この会社が好きだったからだろう。少なくとも、私の世代のサラリーマンにとって、会社とはある意味そういう場所なのだ。能力主義が叫ばれてリストラが当然になっても、やはり自分の中から会社を捨てきれない。良い悪いは別にして、それが、私の世代の業のようなものだ。

 しかし、そんな私もいよいよ来月にはこの会社を去る。早期退職者募集に応じたのだ。時代の流れを受け入れざるを得ないことを、やはり私も自分に納得させざるを得なかった。

 そういえば、黒木君はどうしているのだろうか・・・。私は漠然と考えた。そうだ、鬼塚女史は、確か彼女と同期入社じゃなかったか。そう気づくと、私は何だか無性に彼女の消息が知りたくなった。

 「あの、鬼塚さん、ちょっと妙なことを聞くけれど・・・。」
 私は、廊下でエレベーターを待っている彼女に話しかけた。
 「なんですか?」
 振り向いた、彼女の顔はあいかわらずちょっと険しくて、いつものことだと分かっていてもついドギマギしてしまう。
 「いや、古い話なんだけどね、昔、営業部に君の同期で黒木さんていたでしょう。」
 女史は、最初思い当たらなかったらしく首を傾げていたが、やがて「ああ。」と頷いた。
 「彼女、今どうしているんだろうね。」私が聞くと女史はちょっと怪訝そうな表情になった。
 「いや、ちょっと、思い出したものだから・・・。」明らかにとりつくろうような口調になってしまった、これはまずかったな、と思っていると、女史はかぶりを振りながら
 「彼女、亡くなりましたよ。」
 と言った。
 「え?」
 「亡くなりました。去年の4月です。」
 鬼塚女史の言葉に私は耳を疑った。

(つづく)
つづく

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