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桜だより2012 > 特集2012 > ショートストーリー

ショートストーリー 桜のある風景

花信風
 自分の夢を叶えるために、突然退職しイギリスに行ってしまった先輩。その先輩の影響を受けた主人公は…。
 「まどかって人間嫌いなんでしょ?」

 いつだったか、誰かにそんな風に言われたことが頭を過ぎった。そうかもしれない。人といると疲れるから、他人とは余り関わりを持たないように・・・と思っていたのかもしれない。だから今の仕事を選んで正解だったのだろうけれど、時折私に覆い被さってくる、この、深い疲弊感は何なのだろう?

 「森山さん、疲れてるでしょ。」
 翌日、会社の化粧室の鏡の前でたまたま隣り合わせた先輩に言われて私ははっとした。
 「はあ・・・。」
 「目の下、くまできてる。」
 「・・・ほんとだ。」
 そう言ってきたのが他の人だったら、私はちょっとむっとして「放っておいてよ」と思ったかもしれない。仕事で疲れるのは仕方がない。それは私の問題で、疲れるからって逃げ出すわけにはいかないんだから。
 でも、その先輩はいつも私にそんなことを感じさせない雰囲気を持っていた。仕事に対してはクールで冷静。責任はしっかり果たして、周囲の評価も高い。先輩はどうやって仕事をこなしているんだろう。私はいつか、そのことを聞いてみたいと思っていた。でも、そんなことをフランクに言い出せるようなタイプの私ではなかったけれど。

 「時々、息抜きした方が良いわよ。あなた真面目だから。」
 先輩は私の方を見るでもなく、鏡に向かいながら独り言のように言った。
 「仕事以外に何かやった方が良いんじゃない?絶対に自分のためよ。私ね、アロマセラピーやってるの。やってみたら結構はまっちゃってさ。」
 「え、そうなんですか?」
 「そうよ。変?」
 「いえ、ちょっと意外だなあと思って・・・。」
 私が言うと、先輩はふふっと微笑んで、
 「ここだけの話だけど、いつかこの仕事辞めてイギリスに留学したいなって考えてるの。」
 と言い出だしたので、驚いた私はポケットから取り出したハンカチを手に持ったまま思わず先輩を見返した。

 「え、仕事辞めるんですか?」
 「まだまだ。夢みたいな話よ。そうなったらいいなあって、今は何となく思ってるだけ。」
 その時、先輩はそう言っていた。けれど、それから半年ほど経った頃、彼女はふいに会社を辞めて本当にイギリスに行ってしまったのだ。これには誰もが驚いたが、私は不思議と素直に彼女の転身を受けとめられた。それはもちろん、以前化粧室でそんな話を聞いていたこともあるけれど、実際私自身が彼女の生き方にどこか憧れをもって共感したからに他ならないと思ったからだ。

 「夢みたいな話よ。」先輩はそう言っていた。そう言えば、今の私にはそんな風に言えることがない。あの日以来、私の胸にはあの時の先輩の言葉がひっかかっていた。
 他人と接するのは煩わしいことが多いけれど、日々すれ違うたくさんの人の中には時折自分と似た何かをもっている人がいる。どこがどうというのははっきりわからないけれど、その人の持つ何かに惹かれ、気がつくと知らないうちに影響を受けている自分がいる。友情なんていうほど大げさなものじゃない。もっとさりげないかたちで。すれ違うだけの関係の中に、そういう巡り合わせはきっといくつもあるはずなのに、私はそれを拒否していたんじゃないだろうか。

 先輩がイギリスに発った日、私は今まで心のどこかで長く気にかかっていたフラワーアレンジメントを習うことに決めた。そして、頑なになっていた自分の心を少しだけ柔らかく開いて、もう少し他人からの風を受けてみようと思い始めていた。

 それからあっと言う間に3年が過ぎた。私はフラワーアレンジメントスクールの基本過程を終了し、卒業生対象のクラスに通いはじめていた。

 仕事はあいかわらず多忙だったし残業の量も減らなかったけれど、自分で自分の疲れを癒す方法を身につけた分、少しだけ毎日が楽になっていたかもしれない。それに、私は以前よりも明るく社交的に変わっていく自分を感じていた。それが花を習ったせいなのか、仕事以外の居場所が持てたからなのか、それとも年齢と共に自分に余裕ができたからなのか、それはわからない。でも、いずれにせよ、人と話すことが前ほど億劫でなくなったことは、私の気持ちを軽やかなものにしてくれた。

(つづく)
つづく

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