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桜だより2012 > 特集2012 > ショートストーリー

ショートストーリー 桜のある風景

花幽霊(後編)
  亡くなっていたかつての部下。そして“花の運び屋”は誰か。謎を解くために主人公の取った行動と、そこで目にしたものは…!
 「彼女、亡くなりましたよ。去年の4月です。」
 エレベーターの扉が開き、鬼塚女史はそのまま乗り込んだ。

 黒木真弓は去年の4月に亡くなっていた・・・そのことは、少しだが私を怯えさせた。今回の花の一件がはじまったのも4月だ。まさか彼女の幽霊が、私に花を届けているなどということは・・・。いや、そんな馬鹿げたことはある訳がない。ある訳がないが、では花を活けているのは誰なのか、それをつきとめないことには、私は薄気味悪い気持ちを抑えることができなかった。


 新しい花が活けられるだろうと睨んだ朝、私はいつもよりさらに早めに会社に着いた。エレベーターでオフィスのフロアに下りると、人気のない早朝の社屋の廊下の隅から、ばしゃばしゃと水の流れる音がする。給湯室の方だ。
 水場の前に立っている人影に私はそっと近づき、背後から声をかけた。
 「やあ、やっぱり・・・あなたでしたね。」
 振り向いたのは、鬼塚女史だった。彼女はびっくりするほど子供っぽい、まるでいたずらっ子のような微笑みを浮かべながら、両手を私の目の前にパッと開いて見せた。
 「ひどいわ、松岡さん。花瓶にペンキを塗っておくなんて。掌が茶色くなっちゃったじゃないですか。」
 「ごめんごめん。君が中々正体を明かしてくれないものだから非常手段だ。ペンキ塗りたてとでも書いておけば良かったかな?。」
 彼女は何も答えずにくすくす笑うと、くるりと振り向いてばしゃばしゃと手を洗い始めた。その様子を眺めながら、こんな可愛らしい鬼塚女史を見たことがあるのは私だけかもしれないな・・・と思った。彼女の脇には、私が昨夜用意しておいた花瓶があり、そこに活けられた真っ白いユリの花が甘い香りをいっぱいに放っていた。


 「さて、理由を聞かせてもらいましょうか。」
 その夜、仕事の帰りに私は鬼塚女史を近くのイタリアンレストランに誘った。考えてみれば、彼女は私の営業部時代に入社してきたのだから、かれこれ20年以上の付き合いになる。けれど、こんな風に向かい合って二人で話しをするのは今日が初めてだ。
 「最初は、黒木さんのことを思い出したからだったんですよ。」
 彼女はワインを一口飲むと話し始めた。
 「私、彼女と親しかったから。去年、彼女が亡くなって・・・。」
 「えっ?」
 「あ、それは病気だったんですけど。一周忌のお悔やみに行ったとき、ふと彼女が営業部時代、松岡さんの机に花を活けてたことを思い出して。で、お弔いのつもりで桜を飾ってみたんです。」
 「なら、何で、名乗ってくれなかったんだい?おかげで、私がすっかり犯人に仕立てられちゃったよ。」
 「犯人はないでしょう・・・。」
 鬼塚女史はまた、くすくす笑った。笑うと彼女は普段よりずっと若く見え、私は営業部時代に月日が戻ってゆくような錯覚を覚えた。
 「恥ずかしいじゃないですか。私みんなにお局様だと思われてるし、何だか急に花なんか飾るのは、どうもね・・・。」
 「そんなことないでしょう・・・」と言おうとして、私は、何となく途中で言葉を飲み込んでしまった。
 「良いんですよ。それで、まあ、たまたま偶然、松岡さんが犯人・・というか、松岡さんが飾っているっていうことになった時、思ったんです。このまま、続けようって。松岡さん、もうすぐ退職されるでしょう。それまで続けようって思ったんです。」
 「ふうん。でも何で?」
 彼女は少し俯いた。赤いワインの影が映ったのか、頬がほんのり赤く染まっているように見えた。


 「営業部のとき、課長は私たちの憧れだったから・・・。大きな良い仕事をバリバリされて、タフで、凄いな・・・っていつも思ってましたから。」
 私は彼女の言葉に面食らってしまった。確かにがむしゃらではあったけれど、他人にどう見られているかなんて気にしたこともなかったし、それにあれは昔のこと。今では閑職に回された正真正銘の窓際族なのだから。
 「そんな風に言われると恐縮だよ。今じゃ情けない限りだけど・・・。」
 「いいえ、そんなことありません。」
 私の言葉に彼女は強くかぶりを振って、キッと私の目を見つめた。その表情があまりに厳しかったので、私は怒られるのではないかと一瞬びくりとしてしまった。
 「今だって、まじめに良いお仕事されていると思います。松岡さんがいらっしゃらなくなるのは残念です。」
 そう言って、彼女は深く頭を下げた。
 「長い間、ご苦労様でした。ありがとうございました。」
 私はそんな彼女を前にして、言葉がなかった。あの会社に勤めた年月、その間あった様々なことが一瞬に胸を去来して、胸が詰まった。
 「いや、こちらこそ、ありがとう。」
 やっとそれだけ言うと、その後こみあげてくるものをグイとワインで飲み下した。


 それからちょうど10日後、いよいよ会社を去る日がやってきた。管理部のめんめんが私を囲んでねぎらいの言葉をかけてくれ、最後に若い女子社員の一人が大きな花束を手渡してくれた。それは、大きな白いユリの花束だった。
 胸に抱いた花の影から、私はチラリと鬼塚女史を見た。彼女は他の皆と同じように静かな表情で、小さな拍手をいつまでも続けてくれた。

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